KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

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ボーロに含まれたレジスタンススターチの働きに迫る

岸田 邦博 准教授/食品機能学研究室

健康維持に役立つ食品を研究されているそうですね。例えばどんなものを研究されてきたのですか?

いろいろと幅広く研究していますが、健康を維持するための食品選択についてのエビデンス(裏付け)となる研究を意識してきました。
例えば、ジュースや清涼飲料水にはフルクトースという糖が含まれており、そのフルクトースをたくさん摂取すると血液中に中性脂肪が増えたり、肝臓に中性脂肪がついて脂肪肝になったりすることが知られています。そのためジュースや清涼飲料水、スポーツドリンクなどは摂り過ぎないようにしましょうと言われますよね。最近では、「ペットボトル症候群」が肥満の原因になるため注意しましょうという話もよく聞きます。
また、油もしくは脂と聞くと「太る」イメージですが、魚の油は脂肪の燃焼を促進すると言いますよね。では、フルクトースと魚の油を組み合わせて摂取したら体にどんな効果があるのか、といったことを調べています。
他にも体脂肪になりにくいと言われる中鎖脂肪酸を含む油や、大豆油、ラードについても同様にフルクトースと組み合わせると体にどのような影響があるのかを調査しました。
結果としては、魚の油は、フルクトースを摂り過ぎて増えた中性脂肪の数値をものすごく下げてくれる効果がありましたが、中鎖脂肪酸、大豆油、ラードには特に良い効果はありませんでした。他にも肝臓と内臓脂肪での効き目が違うなど、そういった食品成分の作用を調べています。

赤ちゃんが食べる「ボーロ」の研究もされていますよね。ボーロは消化に良いお菓子というイメージです。

ボーロと一口に言ってもいろいろな種類がありますけれど、私が研究したのは、ジャガイモのデンプンから作られた最も一般的なボーロです。大阪でボーロを作られているお菓子メーカーさんがボーロについて調べて欲しいと大学に来られたのがきっかけでした。
デンプンは、水を加えて加熱すると、デンプン中に水が入り込んで膨らみ消化されやすい状態になります。お米を炊いた状態ですね。このデンプンの変化を「糊化」といいます。
ボーロは、焼き菓子ですが、材料である卵の水分ぐらいしか水が含まれていません。ボーロに限らず、クッキーなどの焼き菓子はあまり水を入れずに加熱するため、デンプンは糊化していない状態です。そこで実際に消化はどうなっているのか調べてほしいということで実験を行いました。
調べると、ボーロに含まれたジャガイモのデンプンはやはり糊化しておらず、消化されないものがかなりあることが分かりました。そして、この消化されなかったデンプンが「レジスタントスターチ」という食物繊維の一種である難消化性デンプンだと判明しました。
「レジスタント」は抵抗性や耐性のあるという意味で、「スターチ」はデンプンの意味です。デンプンは本来、小腸で完全に消化、吸収されると考えられてきましたが、近年の研究で消化に抵抗性のあるデンプンの存在が明らかになりました。
この消化されないデンプン「レジスタントスターチ」は小腸を通り越して、大腸まで届き、大腸でビフィズス菌や乳酸菌などの健康に良い働きをする腸内細菌のエサとなり、腸内環境の改善に役立っていることが分かってきたのです。

食物繊維のような働きをするとは驚きです。そもそもボーロがジャガイモで作られていることを知りませんでした。

ここで重要なのは、ボーロはジャガイモのデンプンで作られていることです。クッキーやビスケットは小麦粉から作られますが、こちらも糊化はしていません。しかし、小麦粉のデンプンはほとんど小腸で消化されます。ボーロのようにレジスタントスターチができるというのはジャガイモデンプン特有の効果だということが分かりました。
そもそもボーロに、レジスタントスターチが含まれているということに、これまで誰も注目していなくて、その証拠に文部科学省が5年に一度改訂する「日本食品標準成分表」のボーロの欄を見ると、食物繊維のところは空欄になっています。これは、食物繊維は含まれていないだろうということで、そもそも調べられていないことを意味します。
ボーロはすごく口溶けの良いお菓子で赤ちゃんも食べられることから、消化吸収が良いというイメージがありますよね。でもこの口溶けの良さは、ジャガイモデンプンの粒子が大きいという特徴によるもので、消化が良いとは別の話です。実は食物繊維が含まれているということで、大人にも良いお菓子になるのではと思います。ちょっと口さみしい時にボーロを食べれば、腸内でビフィズス菌や乳酸菌が増えますよ、と知られると食べる大人が増えそうです。

それならジャガイモを食べたら良いのでは……?

ジャガイモをたっぷりのお湯で茹でるとお米を炊くのと同じで糊化してしまうので、そうなるとレジスタントスターチはほとんど含まれずに消化されやすくなってしまうんです。だから、少ない水分で加熱するのがポイントです。フライドポテトや、焼いたポテトにもレジスタントスターチは含まれるのではと思いますよ。まだこの辺りはきちんと調べられていませんが。

先生が食品成分に関する研究を始めたきっかけは?

私は学生時代に陸上競技をやっていまして、高校生の頃にはスポーツ栄養学の本を読んで、筋肉をつけるにはタンパク質をどのくらい取らないといけないとか疲労回復にはオレンジジュースが良いといった知識を得ていました。そこで栄養学に興味を抱き、栄養学を学べる大学に進学しました。そこで実験や研究をしているうちに食品成分に関する研究をしたいと思うようになりました。

今後、研究で取り組みたいことや学生に望むことは?

ボーロのように、身近な食品には健康に有用な成分が含まれていて、実はこんな働きがあるということが詳しく調べられていないものが結構あります。そういった食品を調べて発信できればと思っています。
学生たちには、研究を通じていろいろなことに興味を持ってほしいと思います。今、テレビやネットでは健康に良い食品の情報があふれていますよね。食品成分について学ぶことで、それがどのくらい信用できる情報なのか、いい加減なものは見極められるようになってくるので、健康にとって何が本当に大切なのか判断できるようになってほしいと思いますね。
例えば、大学のプレスリリースなどで「◯◯ががん細胞の増殖の抑制に効果があることが分かった」と発表があると、◯◯を摂ればがんが治る!みたいなニュアンスで伝えられることが結構あります。専門家であれば、効果がいろいろな角度から再確認されてはじめて信用できると解釈します。しかし、メディアは初めて発表されたものに価値を見出して大々的に伝えることが多く、効果が再確認されたときには取り上げられません。実は間違っていたとしても、後で訂正されることもないので、いい加減な情報が広まってしまう。特に今の時代は情報がすぐに拡散しますから、研究を通して情報の真偽を判断できる力を養ってほしいと思います。

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メタボリック・シンドロームの改善に役立つ?希少糖

希少糖は、香川大学の先生が発見された糖で、この10〜20年で大量生産できる方法が開発されており、さまざまな大学で研究が進められています。
希少糖は、0カロリーという特徴があります。カロリーゼロというと人工甘味料などもありますが、人工甘味料はどうしても味が良くない。その点、希少糖は天然の糖で自然な甘みがあります。希少糖のひとつである「D-アルロース」には抗肥満作用があることや血糖値の上昇を抑える、インスリンの分泌を活発にするといったメタボリック・シンドロームの改善に役立つ働きがあることが分かってきました。私は、これらの希少糖が消化管でどのように吸収されるのかについて研究を進めているところです。