KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

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ウイルス感染の仕組みを解明し、ワクチン開発などへの応用を目指す

中西 章 教授/応用ゲノム工学研究室

応用ゲノム工学研究室の研究テーマは何ですか?

応用ゲノム工学研究室では、ウイルスの病原性をコントロールするものは何か?ということについて研究しています。感染症は、体内にウイルスが侵入し増殖することによって起こりますが、多くの場合、ウイルスに感染しても免疫機能によって発病せずに済んだり、体内にウイルスがそのまま居座り、血中に濃い濃度で存在しているにも関わらず何事も起こさず、共存したりするような場合もあります。

その一方で、ウイルスは常に変異していて、その変異することそのものが病原性のもとになっているとされています。例えばウイルス表面にあるタンパク質(スパイクタンパク質)の変化が、病気の重さや病態を決めていることが分かっていて、その仕組みを調べようというのも、我々の研究の一つです。

ウイルスの表面にあるタンパク質はウイルスの「殻」を形作ることが多いですが、ウイルス中のゲノムを守るためこの「殻」は非常に強い構造になっています。しかし、細胞の中にウイルスが侵入して感染を成立させるには、細胞内で「殻」が解体してウイルスの中身を放出するという、相反する作業が必要です。そのメカニズムに興味があり、この研究を始めたという経緯があります。

ウイルスに感染すること=病気になる、ではないのですね。ところでウイルスは何種類くらいあるのでしょう?

ウイルスは星の数より多いことを知っていますか?星は1022から1024あると言われていますが、地球上のウイルスはおよそ1031あると言われています。そのうちヒトに感染するものが何種類かは、はっきりとは分かっていませんが、ある論文では未発見のものも加えて1万種類ほどのウイルスがヒトに感染し得ると発表されています。

コウモリはヒト感染性のものも含め数多くのウイルスを保持している動物だと知られています。ウイルスに感染して病気が悪化する時、哺乳類の多くは炎症性の免疫反応が起きます。しかし、コウモリはその反応性が低く、感染しても病状が悪化して死亡することもなく、また免疫機能によってウイルスが排除されません。結果、たくさんのウイルスを保持する自然宿主となってしまうようです。

新型コロナウイルスをはじめ、さまざまな感染症がコウモリ由来だといわれていますが、どういう感染経路をたどっているのですか?

新型コロナウイルスをはじめ、さまざまな感染症がコウモリ由来だといわれていますが、どういう感染経路をたどっているのですか?

例えば、エボラウイルスはコウモリがもともとの宿主であり、ヒトに感染する前にはチンパンジーやゴリラに感染していて、そこからヒトに感染したと言われています。このウイルスを保持していたコウモリは植物を食べる種なので、コウモリが噛んだことで感染するのではなく、乾季の水場でさまざまな動物が集まったときに感染するのでは、と考えられていますが、コウモリからヒトへと至る感染経路はまだよく分かっていません。

新型コロナウイルスについても、東南アジア一帯によく似たウイルスを持つコウモリが結構いて、そのコウモリからヒトに感染したという説もありますが、こちらの経路も謎が多いです。

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種で使われたメッセンジャーRNAワクチンはこれまでのワクチンと何が違うのでしょう?

これまでのワクチンは、不活化ワクチンのようにいわば死んだウイルスを打って体内に抗体を作り、ウイルスに対する免疫ができるようにしたものです。

それに対してmRNAワクチンは、ウイルスのタンパク質を作るもとになる遺伝子情報の一部を注射するものです。ウイルスの配列情報さえ分かればすぐ作れるものなので、これまでのワクチンに比べて開発スピードが格段に早くなりました。開発期間が短くなった分作りやすくなっているので、希少なウイルス疾患のワクチンを作るのにも向いているかもしれません。

ワクチンの種類

先生は特にノロウイルスを研究されていますね。

ノロウイルスは分かっていないことが多くて、厚生労働省で研究班が立ち上がったころから10年近くにわたって研究を行っています。ヒトのノロウイルスはブタのウイルスに由来したものといわれています。人間とブタは昔から共生していて、地域によっては床下でブタを飼っていたというところもあるようなので、そのような接触があるからヒトに感染したのではないかとされています。

でも、ノロウイルスは細胞の培養が難しくて、ウイルス学的な研究がなかなか進みませんでした。ところが小腸の絨毛の幹細胞を培養する技術を応用するとうまくいくことが分かってきたので、少しずつ研究が進んでいます。ただ、ノロウイルスが体内の細胞に侵入する時にどの分子が使われているのかというのがまだ分からず、現在、世界中でその分子を見つける競争が行われています。

また、ノロウイルスワクチンの開発も重要なのですが、インフルエンザがシーズンごとに流行の型が変わるように、ノロウイルスも型の変化が大きくてどういうワクチンを作ればいいのかという問題があります。mRNAワクチンを使えればいいのですが、そもそも消化管関係のウイルスに効くワクチンというのは難しくて、実現するのはもう少し先になると思います。

A:細胞核染色、B:細胞因子、C:ノロウイルスタンパク質、A,B,Cを統合した画像
ウイルス増殖時に関与する細胞側因子の解析

そもそもウイルスを研究し始めたきっかけは何だったのですか?

実は大学院時代には体外受精について研究していました。ところが、留学した時に何か新しいことをやってみたくなり、遺伝子導入の原理をきちんと知りたいということもあって、専門をウイルスに変えました。

ウイルスの分子は、標的細胞への強い結合性を持つ方が、感染しやすいとか病原性が高いと思われると思いますが、調べてみると結合力が弱い変異体の病原性が高い場合があります。結合が強いと、細胞からウイルスを放出しようとしても抑えられてしまいます。結合が弱いとその分広がりやすくて、増殖しやすい。そういうことを調べてみたいと思いました。

ウイルスはとっつきにくいと思うかもしれませんが、病原体という面だけではなく生命現象や生態系の一部と考えれば面白いと思います。研究の魅力は自分の世界を作れること。さまざまなところから寄せ集めた知識を構築して、自分の世界を作る楽しさがあります。それは、これまで出会った先生や先輩に教わってきたことです。

今後研究で取り組みたいことを教えてください。

自然界にウイルスがどれだけいるのか全容が分からないのでそれを調べてみたいです。最初に1031あると言いましたが、どうやって数えたのかと言うと採取した海水に核酸を染める蛍光試薬を入れると小さな点がいっぱい見えます。その一つ一つがウイルスで、それを海の容量に換算すると1031あるという話なのです。しかし、ウイルスは地上にもたくさん存在しています。それでも動物や植物に感染するものは少なくて、実際は細菌に感染するウイルスが90%以上を占めるとされています。ですから、身近な生物に感染するウイルスがどのくらいあるのか調べられたらと思います。

あと、遺伝子工学科ではマンモスの研究を手掛けていることもあり、マンモスに見つかるウイルス配列も調べてみたいです。

TOPICS

ダニを媒介としたウイルスを研究

日本脳炎ウイルスなど、蚊を媒介としたウイルスがあるように、ダニを媒介としたウイルスもあるのですが、まだまだ研究が進んでいません。畜産業に多大な被害を与えるアフリカ豚熱のウイルスはダニ媒介性ウイルスとしてブタに感染するようになりましたが、哺乳類に感染するウイルスの中では近縁種は見つかっていません。むしろ細菌に感染するウイルスにすごく似ていることは分かっているので、このウイルスの起源を一度調べてみたいと考えています。

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