KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

THE POWER OF SCIENCE

線⾍を使った減数分裂期の研究を通じて、不妊症やがんの治療に役⽴てる

齋藤 貴宗 講師/発生遺伝子工学研究室

減数分裂期の相同組換えの研究をしているとのことですが、
そもそも減数分裂や組換えとは何ですか?

減数分裂とは、精子や卵子をつくるときに起きる特殊な細胞分裂のことで、染色体数を半分にするため行われます。
私たちの体は、父方由来の染色体と母方由来の染色体の2つが合わさることでできたものです。数で表すと「2」という状態で遺伝情報が存在していることになります。それが精子や卵子をつくると減数分裂が起きて、「1」の状態になります。「1」の状態になった精子と卵子が受精することで再び遺伝情報は「2」となります。人間をはじめとする生き物の多くは、何億年も前からこのプロセスを繰り返して生命を受け継いできました。


減数分裂の仕組み

また、組換えは減数分裂に必須のメカニズムで、母方の染色体と父方の染色体を一部入れ換えて遺伝子の組み合わせを変化させるものです。これにより子孫に多様性をもたせることができますが、この交差型組換えが起こらないと染色体分配に異常が発生してしまいます。こうした減数分裂や組換えがなぜ起こるのかを理解したい、というのが私の研究です。


減数分裂の流れ

減数分裂や交差型組換えに異常があると、何が起きるのですか?

私たち生き物のDNAは紫外線や放射線、細胞の代謝活動によって日々傷つけられていますが、元通りに修復する能力を持っています。組換えはこのDNA修復のメカニズムを利用したものといえます。組換えが起きるとき、精子や卵子はタンパク質を使って自らのDNAを傷つけます。その修復する過程で傷を元に戻すのではなく、その傷を使ってパートナーの染色体とつながり、DNAの傷を修復しています。自分のコピーとは別の染色体を使って命をつないでいるわけです。
不妊症やがん、ファンコニ貧血やブルーム症候群といった染色体異常疾患は、この組換えや減数分裂に異常が発生し、傷ついたDNAを修復するメカニズムがうまく働かないことで起こります。だから、減数分裂や組換えを研究することは、不妊症の治療やがんの発症メカニズムの解明などにもつながっているわけです。


組換えの交差のパターンを説明した図式をもとに説明する齋藤講師

不妊症やがんの治療につながる研究なんですね。

不妊症は、精子をつくるための精巣の機能が低下する、もしくは卵子をつくるための卵巣の機能が低下することによって起こります。飲酒や喫煙、ストレスといった生活習慣が原因の不妊は治療の対象となりますが、遺伝的に染色体分配やDNA修復に必要な遺伝子が欠損していることが原因で起こる不妊症には、まだ治療法がありません。精子や卵子をつくれたとしても、染色体異常を持つ精子と卵子しかつくれないので、正常な卵子や精子と受精したとしてもその先に進めないからです。
また、卵子は女性が生まれる前、お母さんの体の中にいる時にもうすでに染色体の組換えが終了してしまっているため、治療そのものが難しいという問題もあります。でも卵巣にある、卵子になりうる細胞に働きかけて染色体分配がうまくできるようになれば、不妊症の治療に役立てられる可能性があります。体内から卵子になりうる細胞を取り出して、何らかのトリートメントを行い、減数分裂を終えて卵子ができるまで体外で育て、精子と体外受精してから体内に戻す、といったことができれば、妊娠が可能になるかもしれません。今は不可能とされていることですが、根本的なメカニズムを解明することで治療につながると思います。

がんの場合は、遺伝子の修復機能がうまく働かず、重要な遺伝子が傷ついたままになってしまうことが発端となって発症します。
交差型組換えとDNA修復のメカニズムは非常に似通ったものが使われているので、どうやって傷付いたDNAを修復しているのかが分かれば、がんの発症のメカニズムの解明に近づくだろうし、精巣や卵巣での修復機能が分かれば減裂分裂・組換えのメカニズムの解明にもつながります。広く言えば私の研究はDNA修復の研究ともいえます。

先⽣はこれらの研究に「線⾍」を使われていますよね。なぜですか?


C. elegansの成⻑過程。卵から 3 ⽇で成⾍になる (Worm atlas から引⽤:
https://www.wormatlas.org/hermaphrodite/introduction/IMAGES/introfig6.jpg)

人間の健康のための研究ですが、人間で実験はできませんから、かんたんなモデルシステムが必要です。

線虫は、
①生殖サイクルが短い(3日)
②染色体数が少ない(6本)
③雌雄同体で管理が楽(雄との掛け合わせもできる)
④交差の数が相同染色体ペアあたり1つに限定されている
⑤生殖細胞が時系列的に並んでいる
という特徴があり、顕微鏡観察もしやすいため研究に最適です。

線虫といってもそのへんの土の中にいるものではなくて、イングランドのブリストル地方で発見されたC. elegans(シー・エレガンス)という種類のものを使っています。ちなみに世界中の他の研究者もみんなこのC. elegansを使っています。なぜかというと、研究者がそれぞれ違う種類の線虫を扱うと実験データに差が出てしまって細かい議論ができないからです。だから世界のさまざまなところに、このC. elegansの供給センターがあるんですよ。
また、C. elegansは他の線虫と違って寄生もしないので解析しやすく、人間の遺伝子と線虫の遺伝子には多くの共通点を持っています。特に人間の遺伝病の原因遺伝子のうち65%が線虫にもあるので、医学的な研究に向いているモデル生物です。
私たちの研究室では、「ミュータント」と呼ばれる、ある遺伝子に変異のある線虫を使って、組換えのステップのどこで異常が起こるのかなどを解析しています。線虫は研究室のフリーザーにストックされていて、常時100以上の種類を揃えています。これまで私が観察してきた線虫は何百万、何千万匹という数になると思います。


実体顕微鏡で線⾍をピックアップする様⼦


蛍光顕微鏡で⾒た線⾍の組換えの現場。緑⾊に光っている箇所で組換えが起きている

先⽣はなぜ遺伝について研究しようと思ったのですか?

私は、身の回りにいる小さな生き物を採ってきて飼育するのが好きな子どもでした。その延長線上に今の職業があるように思います。
減数分裂に興味を持ったのは大学院に進んでからです。もともとは、がんなどの染色体異常で起こる疾患に興味があり、その治療法を研究したいと思っていたのですが、先生に「減数分裂は面白いからやってみたら?」という提案がありました。そのときに先生から言われたのが「祭りはまだ始まっていない」という言葉。減数分裂は研究分野としてはまだ分からないことだらけのこれからの分野だからやるなら今だ、ということを祭りの状況に例えて説明されました。それを聞いて面白そうだな、と思って減数分裂の研究を始めて20年近くが経ちました。
減数分裂の祭りは始まりましたが、まだメインストリートに神輿がたどり着いてはいない、という状況ですね。とはいえ、ここ20年で遺伝情報を読む技術がとても発達してきて、生物間の遺伝子情報の比較もしやすくなっています。
組換えの現場に使われるタンパク質の状況も分かるようになり、アメリカでの私たちの研究で何万種類もあるタンパク質の中から減数分裂の組換えのときにDNAを修復するタンパク質を特定することができました。

まだ祭りは始まったばかりなのでやることはたくさんあります。組換えの全貌を表した模型がつくれたら、『ピタゴラスイッチ』に出てくる「ピタゴラ装置」みたいに気持ちいいものができそうだな、と考えています。細胞の中でどのようなことが実際に起こっているのか、見て体験できるようなことができればいいですね。


TOPICS

同じ親から⽣まれたきょうだいの違いはなぜ起きる?

親が同じでも、きょうだいで違いが起きるのは、同じ遺伝子の組み合わせを持った精子や卵子が存在する可能性がとても低いからです。人間の染色体は23ペアあり、1番から23番までの染色体を父方と母方から一個ずつ選んでいきます。精子・卵子それぞれに223乗(約840万)通りの組み合わせがあり、受精卵はそれが合わさるので246乗(約70兆)通りにもなります。さらに、染色体の間で組換えも起きるので、莫大な数の組み合わせのパターンが生じます。そのため、同じ親の染色体のパーツを持っていても、似てはいますが全く同じにはならないのです。
一卵性双生児でもDNAの配列情報は同じはずなのに、なぜか見た目が若干違うことがありますよね。遺伝子情報の使われ方のパーセンテージが違ってくると見た目や性格にも違いがでます。これを「エピジェネティクス」といいます。