KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

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スーパーコンピュータを用いてアルツハイマー病のメカニズムを解析

宮下 尚之 准教授/機能性生体分子システム研究室

スーパーコンピュータを使って何を調べているのですか?

アルツハイマー病など、難病とされる病気のメカニズムを調べるため、スーパーコンピュータを用いて生体分子の動きを調べています。その結果、病気のメカニズムを探ることで、治療薬の開発に役立つ知見を得ることを目的としています。

私たちの体は37兆個ぐらいの細胞からできていると言われています。細胞は分子で構成されていて、その分子の中でも核の中にDNAがあり遺伝情報が保存されています。このDNAから必要な情報がRNA(リボ核酸)に転写されて、この情報を元にタンパク質が作られています。このプロセスを「セントラルドグマ」といい、細胞活動を担うタンパク質が遺伝情報から作られます。このタンパク質は機械で言うところの部品といえるもので、体内でさまざまな部品が機械の様に上手く組み合って動くことで細胞が働き、人間が正常に動く、というイメージです。

しかしながら、機械は部品が壊れると当然動かなくなったり動きにくくなったります。それが病気の状態で、細胞の中でもタンパク質がさまざまな理由で正常に働かなくなってしまいます。そうした病気のときに分子レベルでどんなことが起きているのか、生体分子の動きがどうなるのかなどについてスーパーコンピュータを使った分子シミュレーションやAIを用いたビッグデータ解析で調べています。



AIと分子シミュレーションを用いてタンパク質の構造変化過程を再現したもの

アルツハイマー病だと体内ではどんなことが起こっているのですか?

例えば、アルツハイマー病になると最終的に認知症という現象が起きます。でもそこにたどり着くまでには、脳内でさまざまなことが起きており、最初は「老人斑」と呼ばれるものが脳内に作られます。この老人斑は、小さなタンパク質の一部がたくさん集まって繊維化したものが沈着したもので、加齢に伴って増えることが知られています。これを基点にして起きる過程をアミロイド仮説と言います。今のところアルツハイマー型認知症の原因だと考えられています。特に小さなタンパク質の一部の繊維化の過程が病気の進行に重要だとされていますが、結果として老人斑が溜まります。その後、細胞が死んでいくという現象が起こります。神経原繊維変化と言いますが、これは脳が萎縮して認知症になるというプロセスです。老人斑ができるとアルツハイマー病になることは分かっていますが、実はどのように老人斑ができるのかの分子レベルの詳細ははっきり分かっていません。そこで、スーパーコンピュータを用いてアルツハイマー病に関連するタンパク質の構造予測や分子間相互作用の研究を行い、その疾患メカニズムを明らかにしようとしています。近畿大学生物理工学部(学内)に設置されているスーパーコンピュータのほか、東京大学のスーパーコンピュータなども使っています。

学内の電算機センターにあるスーパーコンピュータ
学内の電算機センターにあるスーパーコンピュータ

コンピュータ上のシミュレーションでメカニズムが分かるものなのですね。

写真左側のディスプレイに表示されているタンパク質構造のモデルは3D化されており、3Dメガネを使うと立体的に見える
写真左側のディスプレイに表示されているタンパク質構造のモデルは3D化されており、3Dメガネを使うと立体的に見える

生体分子はとても小さいもので、1億分の10cmから1000cmくらいの大きさです。実験ではこのタンパク質の詳細な動きは見えません。でも、病気に関連する情報を持つタンパク質がどう動いているのかを調べることが病気の原因解明につながります。そこで、分子シミュレーションやAIを活用して、タンパク質の動きを予測し、病気のメカニズムを調べようとしています。ただ、シミュレーションには限界があって、今のスーパーコンピュータを使っても、1か月くらい計算してせいぜい100万分の1秒くらいしか計算できません。体の中にあるタンパク質の機能的な動きはさまざまですがだいたい1000分の1秒くらいの動きは知りたいので、この計算スピードをもっと加速させたいと考えており、その手法開発の研究も行っています。もともと生命科学に対してコンピュータを使った研究ですが、さらなる生命科学のDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要ですね。従来とは違う最先端の技術を活用した解析方法を研究しています。

コンピュータを使った最初のタンパク質の分子シミュレーションは1970年代に2013年にノーベル化学賞を受賞したハーバード大学のカープラス先生らによってなされ、タンパク質が柔らかいことが示されました。それから50年近く経ちますが、十数年ほど前までは実験研究をする先生たちから、「シミュレーションなんてパラメーター決めて動かしているだけでしょう」「この動き、本当かどうか分からないですよね?」と言われていました。それが徐々に信じてもらえるようになってきました。10年ほど前、日本で「京コンピュータ」というスーパーコンピュータが作られたのですが、これがより信頼を上げる役割を果たしたのではないかと思います。当時私はまさに理化学研究所で京コンピュータプロジェクトの研究員をしていました。技術革新により高性能のコンピュータができたことでようやく生命科学シミュレーションもより信頼されるようになり、実験研究をする先生との共同研究が急激に増えるようになりました。

先生は、子どもの頃からコンピュータが好きだったのですか?

コンピュータはすごく好きですね。いや、ものすごく好きですね。たぶん他の人より好きだと思います(笑)。私が小学生の時、父が父の仕事用にPC6001というコンピュータを買ってきたのです。親が使っていないときを見計らってゲームなどをしたり作って遊んだりしているような子どもでした。当時を考えると超高級おもちゃですね。コンピュータ雑誌に書かれているプログラムなんかを打ち込んだり、作ったりという感じで、大学もコンピュータに強い大学へ進みました。

コンピュータそのものを学ぶというより、コンピュータを使って自然科学を研究したい、新しい技術を提供したいと思っていて、それは今もずっと変わりません。今はコンピュータを使って病気のメカニズムを分子レベルで調べて、薬の開発や治療の糸口を提供しています。

今後の目標を教えてください。

私たちの体には免疫細胞がいて、外からウイルスが入ってくると免疫細胞が戦います。白血球をはじめ、さまざまなものがウイルスをやっつけようと働きます。でも原核生物の場合は守ってくれるものはいません。そこで免疫タンパク質が、外から入ってきたウイルスを捕まえてウイルスを切って捨てています。最近の遺伝子編集はこの仕組みを応用しています。将来的により性能の高いゲノム編集薬の開発につながるようにシミュレーションを用いたゲノム編集システムの分子機構の研究を進めていきたいと考えています。

あとは、生命科学のDX化を進めることです。共同研究をしている医療系IT企業様とお話をしていると、日本ではAIを使った解析がまだまだ取り入れられていなくて、アメリカより5年ほど遅れていると言われていました。これをなんとかするためにも、これからの医療を支える生命科学とIT技術を持った人材を育成していきたいと思います。

TOPICS

共同研究で日本独自のゲノム編集技術を開発

これまでゲノム編集技術は欧米で開発されたものがほとんどで、日本国内の産業や医療で活用するには海外に特許料を支払う必要があったりします。そこで国産のゲノム技術の開発を進めようというプロジェクトがいくつか立ち上がっており、2021年に徳島大学を中心にした共同研究で、新規国産ゲノム編集ツールTiDシステムを用いたヒト細胞でのゲノム編集に関する発表をしました。今後、さまざまな分野への応用が期待できます。