KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

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高齢者や障害者の支援機器を調査・開発・評価

豊田 航 講師/福祉工学研究室

高齢者や障害のある方のための支援機器を開発されているそうですね。

高齢の方と障害のある方にどういったニーズがあるのか調査し、その結果に基づいて支援機器をつくり、最終的にその実用性を評価するという、「調査」「開発」「評価」の一連の開発プロセスを研究として実践しています。

なぜモノを作るだけでなく調査と評価も行うかというと、エンジニアが自分の独善的な発想に基づき支援機器をつくるだけでは、実際のユーザー(使う人)にとって役に立たないモノが出来上がってしまうことが少なくないからです。特に若年の方や障害が無い方にとっては、高齢の方や障害のある方が欲しいものを直感的に理解することはなかなかできません。また高齢の方や障害のある方の身体・認知機能などは個人差が大きいため、できるだけ多くの人々にとって有用なものを作るために、製品設計に関連する身体・認知機能の特性や仕組みを理解しなければなりません。

そのためまずはユーザーのニーズの発見に取り組み、開発品に関わる身体・認知特性データの定量化も試みるのです。これらの結果に基づき、開発する製品の仕様や設計を入念に検討します。高齢の方や障害を持つ方の困り事や希望に応えるために、以上のすべての開発プロセスを綿密に実行することを大切にしています。これは私の研究者としてのポリシーでもあります。

視覚障害者への支援機器が主な研究テーマですか?


凹凸のある線で道路や建物を示した触地図

視覚障害に限っているわけではないのですが、大学・大学院時代に触覚に配慮した設計について研究していたこともあり視覚障害に関する研究が比較的多くなっています。車椅子の方を対象とした研究など、他の障害についても扱っています。

視覚障害に関する研究の例をひとつあげます。視覚障害のある方が触って読めるように立体化した地図があります。これを触地図と言います。触地図には日本地図のような広い範囲を示すものから、交差点や建物内などの狭い範囲を表現したものまでさまざまな形式のものがあります。しかし人間の触覚の性質からすれば、触地図を触って理解することはそもそも簡単ではありません。特に生まれたときから目が見えない人にとっては、空間を俯瞰的に表現した視覚情報を直感的にイメージすることが(少なくとも晴眼者よりは)難しく、触地図を触って読むためには十分な練習や指導が必要です。

そこで視覚障害のある方にとってもっと分かりやすい触地図を簡単に作製できるものができないかと思い、視覚障害のある方や歩行訓練士、視能訓練士と呼ばれる視覚リハビリテーションの専門家の方々に調査を行いました。その結果に基づき、触覚的に理解しやすく、必要な場所の地図を即座に作製できる触地図作製キットを開発しました。

触地図キットでは、立体的なパーツを面ファスナーで固定することによって、目的地までのルートを示す「ルート地図」、特定箇所を拡大した「局所地図」、交差点等の典型的な環境形状を学習するための「概念地図」の3つを作製できます。触地図キットは視覚障害がある方の自宅周辺の地図などを即座にわかりやすく作製するといった日常使用もできますが、むしろ視覚障害のある方に対する歩行訓練指導の際や、視覚障害のあるお子さんに道路交通環境を学習してもらう際の道具として効果を発揮します。


立体パーツで道路や建物を表現した触地図

最近は視覚障害者用のスマートフォンアプリなどもありますよね。

もし行きたい場所の行き方を単純に知りたいだけなら、スマホの視覚障害者用ナビゲーションアプリは便利かもしれません。しかし触地図キットは単なる道案内のための道具ではなく、安全な歩き方の指導や空間学習などの効果を有しており,これらは実証実験によっても客観的に確認しています。

現在はさまざまなアプリや機器が開発されていて、ハイテクなものはすごく便利な反面、価格やバッテリーなど、まだ難しい点があると思います。また、ナビアプリの音声で視覚障害のある方を案内すれば十分だと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。視覚障害がある方は基本的に頭をフル回転させて歩いています。あっちから音が聞こえたとか、手や足裏の感触からここはこういう場所だろうと、多様な感覚情報を集めて頭の中で推論して歩いています。「○○かもしれない」「○○であろう」といった推測を繰り返して歩いているのです。例えるなら、答えがわからないクイズを解きながら歩いているような感じです。

このように頭をフル回転させながら歩いている視覚障害のある方に対して、支援機器が「右へ行ってください」「左に曲がってください」としゃべっても、ただでさえ忙しい所にさらに仕事を増やしてしまい、もっと混乱させてしまう可能性があります。また右に曲がれと案内しても、1時の方向に右なのか5時の方向に右なのかで全く意味が異なるなど、情報提示には非常に気を使います。ユーザーの歩行能力や感覚情報の処理能力、そして環境・状況に応じた最適な音・音声情報をどのように提示できるのかが重要です。

先端機器や技術は大きな可能性を感じさせる素晴らしい分野ですが、一見すると地味ではあるけれどもいまこの瞬間の当事者のニーズに合ったモノづくりも同じくらい価値があります。技術的関心しか評価されない世界では、こうした事実がしばしば無視されます。冒頭で申し上げた通り、障害に関する分野は切迫したニーズがあるので、本当に有効な解決策を提示しなければなりません。

触覚定規は「長さ」を理解するにはとても大切なものですね。

「空間」という概念を理解するためには「長さ」の概念を正確に理解しておく必要があります。晴眼者の場合は「長さ」を目で見たそのままの空間情報として直感的に理解できますが、視覚情報が制限されてしまうと「長さ」を理解することが難しい方がいらっしゃいます。これは日常生活におけるさまざまな不利に繋がります。1センチが何なのかが全くイメージできなければ服や机を購入する時に困りますし、他人と日常会話する際にも意思疎通に不便が生じる場合があります。1センチがわかればその100倍が1mであることがイメージでき、これは触地図を触って理解する能力の下地になります。また科学教育においてはこうした「単位」や「測定」の概念を理解することが不可欠です。触覚定規は立体化された目盛を触って読み取ることで長さを測るという単純な道具ですが、長さの理解をきっかけとしてさまざまな知識や能力を獲得できる点で有用です。

先生は昔からものづくりに興味があったのですか?

実はものづくりよりも、人間に対して関心があります。大学は人間科学部で「入学当初は人間のための学問をやってこそ人間だ」と思っていて、それは今も変わらないですね。人間はものを使って生きているので、身近なものを使いやすくすることでより充実した生活が獲得できる可能性が高まります。パソコンでもなんでも使えなければ現代の生活は成り立ちませんから、人に優しいものを探求していきたいと考えています。こうした他人に役立つモノづくりの考え方と専門性は大学時代の指導教員と国の研究所での上司から学んだものであり、今でも私のベースになっています。

学生にはどんなことを学んでほしいと思いますか?

私が所属する人間環境デザイン学科は、文字通り「人間」のためのものづくりを追求する学科です。ものづくりというと理系のイメージを持たれるかもしれません。もちろんそれは間違ってはいませんが、私の研究室ではいわゆる文系的な研究手法も駆使して課題を解決していきます。人間の役に立つものづくりを追求するために、さまざまな分野の専門的手法を柔軟に取り入れるのです。最近「自分は文系(理系)だから…」と自分の可能性を否定する学生に何人も会いましたが、高校生までの初歩的な学習内容で人生を狭めてしまうのはとてももったいないことです。人に役立つものづくりを実現するために、コアとなる専門性をベースに持ちつつ、多様な専門分野の考え方、技術、手法を取り入れ高度に実践できる専門家をめざしてほしいと思います。

今後取り組みたいことを教えてください。

東京の病院の方と連携してさまざまな研究を進めています。目標の一つはエビデンスに基づく視覚リハビリテーションの発展です。職人的な価値判断でリハビリ訓練が行われることが多いように見受けられる業界であり、そこに問題意識を持っているリハビリの専門家の方と毎日情報交換しながら研究を進めています。一例ですが、視覚障害者の空間認識能力を定量評価する手法の開発、偏軌(まっすぐ歩いているのに無意識に曲がって歩いてしまう現象)の解明と防止などのテーマに取り組んでいます。

近畿大学生物理工学部人間環境デザイン工学科は本当にやる気がある向学心に溢れた学生ばかりで、最近では福祉用具を学生チームで開発する取り組みも行っています。学生とともに世界に通用する研究をめざしたいと思います。


こちらは車椅子利用者が扉を引く際の力やその方向を測定するために作製した装置

TOPICS

使いやすい触覚定規を開発するための基礎実験

最近ある盲学校の生徒さんから、市販されている触覚定規よりも使いやすいものが欲しいと言う声を受けました。将来的にもっと使いやすい触覚定規を開発するために、触覚的に読みとりやすい設計や仕組みを検討するための基礎実験を行っています。