KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

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価値の高い脂質を作り出す藻類や植物の新たな品種を育てる

梶川 昌孝 講師/植物育種学研究室

植物や藻類を用いた代謝工学で、脂質などを生産させるための研究をしているそうですが、そもそも代謝工学とは何ですか?

植物も藻類も酵素を使ってさまざまな物質を作っています。酵素というのはタンパク質の一種で、そのタンパク質の性質を強めたり、弱めたりすることで、植物や藻類が作り出す物質の量が調節できます。ある物質を増やしたり、逆に邪魔な物質を減らしたりして、目的の物質を自在に生産するために必要な操作をするというのが代謝工学です。酵素が体のどこでいつどのように作られるのか、さらに作られた後どのような調節を受けているのかを明らかにすることが大切で、それが分かってくると物質生産そのものをコントロールできるようになります。

私の研究は「植物育種学研究室」という研究室名の通り、新たな品種を作り出すことが最終的なゴールです。そのための方法や手段として代謝工学を用いています。専門分野は脂質代謝で、脂質の中でも人の役に立つようなものや特殊なものをたくさん作るための仕組みを調べ、利用するために代謝工学の手法を使っています。分析化学や有機化学も連動させながら、価値の高い脂質(有価脂質)をたくさん生産する新たな品種を植物・藻類で作ることが狙いです。

藻類とは、昆布やワカメといった海藻の仲間ですよね?

昆布やワカメなどの海藻も藻類の一部です。藻類は陸上の農作物と違い、人の手で品種改良をされてきた歴史がほとんどありません。海藻類のごく一部を除き、ほとんどの藻類は自然界にもともと生息しているものを採集して利用されており、人間の手の入った品種が作られてこなかったのです。そこで今、藻類の優良な品種を作るというところからスタートしています。

研究室で扱っているのは、微細藻類といわれる小さな藻類の仲間です。微細藻類の多くはバイオ燃料としても利用可能な脂質を蓄積する能力を持っていることから注目されています。自然界からさまざまな特徴をもつ微細藻類を探して、人間が活用しやすいように性質を変える研究が世界で今盛んに行われています。

先生が使われているクラミドモナスとツノケイソウは微細藻類ですね。

私が研究対象にしている微細藻類の一種のクラミドモナスは、研究のための優れた性質をもつ藻類ですので、この藻類を用いて研究して得た知見を、他の応用面で優れた特質をもつ藻類種に適用したいと考えています。もう一つの研究対象の藻類種のツノケイソウは、ジェット燃料の原料となる脂質をたくさん作る能力をもつため、応用に近い研究が可能です。

私たちのグループでは、基礎と応用の両輪で研究を進めようと心がけており、基礎研究で得られた知見を土台に応用研究につなげ、藻類の産業利用を早期に実現したいと考えています。新しい品種をつくるには、通常長い時間がかかります。ゲノム編集などの新しい技術を積極的に活用して、その期間を短縮し、バイオ燃料となる脂質を多量に生産する品種や、健康食品や医薬品にも使える希少な脂質を作り出す品種といった、目的に応じた品種をつくり、人の健康増進や地域の産業発展への貢献をめざします。

藻類の中には、既に実用化されているものも幾つかあります。例えば、クロレラは栄養補助食品として用いられています。最近、ユーグレナという藻類、日本語だとミドリムシという名前が付いていますが、これを食品や化粧品の原料の一部として使用した商品が幾つも市場に出るようになり、さらに自動車や航空機の燃料源としての利用も期待されています。また、スピルリナという藻類は食用になる鮮やかな青い色素を作るので、ソーダ味のアイスの色付けなどに天然の食品添加物として使われています。

近年、食料危機やSDGs(持続可能な開発目標)への大学の貢献が強く求められていますので、藻類を活用する研究がそうした課題の解決につながることを期待しています。


油を貯めるクラミドモナス

具体的な研究方法を教えてください。

藻類の脂質を生産して貯蔵する仕組みはまだ詳しくは分かっていません。今、それを明らかにするために、脂質をうまく生産・貯蔵できなくなったクラミドモナスやツノケイソウを調べています。これらは科学用語で変異体と呼ばれますが、脂質を生産・貯蔵する仕組みのどこかが異常になっています。その異常になったものこそが脂質の生産・貯蔵のために大事な役割を担うものと予想されます。脂質の生産や貯蔵において中心になって働いているのは酵素などのタンパク質なので、大事なタンパク質が異常になったことが予想されます。タンパク質は対応する遺伝子の情報をもとに作られますから、これらの藻類のもつ遺伝子のどれかが異常になったことがきっかけで、対応するタンパク質の異常につながり、脂質の生産・貯蔵に影響を及ぼしたのでしょう。その原因となった遺伝子を探れば、藻類の脂質の生産や貯蔵の仕組みが具体的に分かってきます。

電気刺激によって外部から細胞内に遺伝子を導入する装置
電気刺激によって外部から細胞内に遺伝子を導入する装置

一見すると複雑な研究をしているように見えますが、高校の生物学に出てくる細胞の構造や遺伝子の働きを学んだ人がやる気をもって取り組めば、難しいものではありません。また高校の化学や物理学の知識があれば実験の内容を十分理解することができます。

また、藻類そのものの利用に加えて、得られた知見をゼニゴケなどの陸上の植物に応用し、植物の新たな利用に繋げる研究も進めています。藻類と植物の両方を研究していると、お互いに共通する仕組みをもつことが分かったり、逆に重要な部分が異なっていたり、思いがけない発見があるので、研究していてとても面白いです。

先生はずっと藻類を研究されてきたのですか?

学生時代から藻類と植物を研究しています。藻類と植物は生物学的な分類に違いはありますが、光合成をする、という共通の特徴があります。光合成によって、太陽エネルギーを活用して、空気中の二酸化炭素からデンプンや脂質などの役に立つ物質を作ることができますから、化石燃料の使用を減らしたものづくりに藻類や植物を活用したいとの想いから研究を始めました。

大学院での研究で、クラミドモナスが松の実にも含まれる有用な脂質を作ることが分かったので、その脂質を作る仕組みについて調べたほか、ゼニゴケの有用な脂質を作る仕組みを調べていました。それが今現在の研究にもつながっています。

子どもの頃から、植物や昆虫などの生き物全般に興味がありました。また農業に役立つような発見をしたいという想いも持っていました。藻類は、今はまだ実際の農業の場で大きく扱われてはいませんが、植物工場など新たな形の農業が提案されていますので、そういった新しい農業分野でも活かせる技術開発ができればと考えています。

研究する上で大切にしていることを教えてください。

私たちの研究グループでモットーにしているのは「世界の誰も知らなかったことを明らかにすること」。誰かがもう既にやったことを応用する、発展させるという一を十にする研究もありますが、私の場合はなるべくゼロを一にするという研究の方をメインに考えています。やっぱり面白さが一番感じられるので。ただ、実際に社会の役に立つものをつくるには、一を十にする研究も大事ですから、基礎と応用をセットで研究したいと思います。

学生には、自分が面白いと思えるものを見つけてほしいと思います。高校までは受動的な学びがほとんどですが、大学は自分が好きなものを学ぶ場です。最初は漠然としたイメージでもいいので、自分が何を面白いと思えるかについて早いうちから考えておくと良いと思います。

TOPICS

農研機構のスタートアップ総合支援プログラムに採択

私たちの研究グループが神戸大学や石川県立大学の研究者と共同で進めているゼニゴケの有用脂質生産に関する研究課題が、農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)のスタートアップ総合支援プログラムに採択されました。これは応用に特化した研究で、今は事業化をめざして取り組んでいるところです。これまでの私の研究活動では、事業化や収益化を強く意識することはなかったので、大変なことも多いですが、学ぶことがとても多く新鮮で面白いです。