KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

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ゼニゴケの遺伝情報から生殖を探る「出合い系サイエンス」

大和 勝幸 教授/細胞工学研究室

ゼニゴケを使って何を研究しているのですか?

ゼニゴケをご覧になったことがありますか?一昔前は、家の周りなどによく生えていましたが、ホームセンターなどにゼニゴケ用の除草剤が売られているように、よく増えるコケで一度繁殖すると駆除しにくいことから、どちらかというと嫌われています。私は面白いと思って研究しているのですが、町中の絶滅危惧種になりつつある存在です。
ちなみに同じ細胞工学研究室の秋田教授は、ヒメツリガネゴケを使った研究をされていますが、こちらはふわっときれいな見た目で、名前も可愛くて庭園で重宝されています。ゼニゴケとは逆の扱いです。

ゼニゴケは、植物の祖先に近い、古い起源をもつ陸上植物で、動物と同じように受精時に泳ぐ精子を使います。植物で受精というと普通は花粉ですが、ゼニゴケと同じようにシダ、イチョウやソテツも泳ぐ精子を使って受精することで知られています。この泳ぐ精子がどうやって卵細胞に出合い、受精するのか。精子と卵細胞の「出合い系サイエンス」と言えるこの現象を解明するのが私の研究です。

造卵器の中にある卵細胞をめざして泳ぐ精子。本来は下の方にある入口から造卵器の中に入る。この写真の造卵器は卵細胞に近い側で切り取ったものなので、精子を引き寄せる物質が漏れ出て、そこに精子が集まっている

受精のしくみを調べるのになぜゼニゴケを使うのですか?

受精というのは、我々生き物にとってすごく大事なことで、子孫を残す、家畜を増やすことに関わっています。人間の場合は、子どもを残さないようにする避妊にも関わることです。
さまざまな動物で受精の研究は進んでいますが、その仕組みが解明できているものは非常に少ないです。ただ、遺伝子レベルで見ると、ゼニゴケと哺乳類や魚で似たような遺伝子が使われていて、調べていくと生き物の仕組みに共通している部分が見えてきます。受精しやすくするために、または受精しないようにするには、どうすればいいか。ゼニゴケを研究することで人間や他の動物に生かせるのではないかと考えました。

精子はどうやって卵細胞に近づいていくと思いますか?
例えば、部屋に桃が置いてあるとします。もしあなたが、暗闇の中か目隠しした状態で桃の置き場所を探してくださいと言われたら、桃の香りをたどって、部屋の中を行ったり来たりしながら探すと思うんです。ゼニゴケや生物の精子はそれと同じように、卵細胞から発せられるにおいの物質を感じながら、卵細胞をめざして進んでいきます。
ただ、この仕組みがあまり良く分かっていないので、研究しているわけですが、哺乳類は受精が体内で行われるので調べるのが難しい。魚は水中で受精する様子が見て取れますが、研究で遺伝子組換えなどを行うには個体として大きくて扱いにくい。でもゼニゴケの場合、卵細胞そのものはちょっとした袋に入っているとはいえ外で受精しますし、遺伝子を組換えることができ、増殖のスピードも早い。とても研究しやすい植物だということが分かりました。

2017年に京都大学や海外の大学などと共同で
ゼニゴケの全ゲノム構造を解明されていましたが、
そこで判明したのですか?

京都大学や神戸大学の研究室と、国立遺伝学研究所、基礎生物学研究所、ヨーロッパやオーストラリアの大学、国内外39の大学・研究機関と共同でゼニゴケの全ゲノム構造を解明しました。ゼニゴケは元々研究材料としては目立たない植物でしたが、調べてみると遺伝子操作が簡単で、遺伝子の種類も少なく研究しやすい「モデル植物」になることが分かりました。
共同研究は、他大学や海外の研究者たちとのつながりもできたので面白かったですね。海外との研究と聞くと、学生たちは尻込みするところもありますが、とても良い経験ができました。

ゼニゴケは、シンプルな構成をしているのですね。

花を咲かせる植物だと、日が長くなったら花を咲かせるものや、寒くなってきたら花を咲かせるものなど、いろいろな品種がありますよね。その仕組みにはさまざまな遺伝子が複雑に絡んでいて、研究するにはすごく大変です。それに育てるにも手間がかかります。でもゼニゴケの場合、遺伝子の数が非常に少なく、育てる手間もかかりません。
学生に説明するときに遺伝子をナイフやフォークに例えて話をするのですが、ホテルなどでコース料理を食べる時、テーブルにはフォークやナイフ、スプーンがたくさん並びますよね。例えば、一番外側のフォークは前菜用、真ん中が魚用、お皿のすぐ隣には肉用、また別のところにデザート用のフォークが置かれています。食べ物を刺すという機能は同じですが、少しずつ用途が違います。
花を咲かせる植物の遺伝子は、コース料理に使われるフォークやナイフのカトラリーセットのように、同じような機能を持った少しずつ用途の違う遺伝子のセットを持っているわけです。
その点、ゼニゴケはスプーン1本、フォーク1本、ナイフ1本、というくらいの遺伝子構成で非常に扱いやすくなっています。

もし、食事していてフォークを1本落としてしまったらどうしますか?普通はウエイターを呼んで交換してもらうと思いますが、もしそれができなかったら、テーブルに並んだ他のフォークを使いますよね。それで代用できるから。
私たち研究者は、遺伝子の機能を調べる時、遺伝子を壊して働きがどう変化するのかを調べますが、似たような遺伝子が他にあるとその遺伝子を代わりに使ってしまいます。すると遺伝子を壊しても何も起こらなくなってしまい、調査ができません。その点、ゼニゴケは遺伝子の数が少なく、扱いやすいので、研究に使われるようになりました。
また、実験室内の蛍光灯の光ではなかなか育たなかったのですが、遠赤色光を当てると繁殖しやすいということも分かりました。遺伝子構成が分かりやすく、すぐに繁殖する、実験材料には最適の植物です。
他の生き物では難しい実験がゼニゴケでは可能で、そこから新たな精子と卵細胞に対する理解ができると信じています。


ゼニゴケの雄株(左)と雌株(右)

遺伝子の機能を調べるときに、遺伝子を壊すとはどういうことですか?

今、ゲノム研究はものすごく進んでいて、さまざまな生き物の全遺伝子情報が明らかになっています。この遺伝子が生死に関わっているのではというのもある程度見当がつくようになりました。
精子が卵細胞に向かう働きに関わる遺伝子を調べるなら、この遺伝子を働かなくすれば、精子は卵細胞に向かわなくなるという現象が起こるはずですよね。卵細胞に向かわなくなったら、この遺伝子は卵細胞に向かうために必要な遺伝子、という証明になります。遺伝子を壊すことでその遺伝子の働きを探っているわけです。
また、遺伝子を組換えて、どんな現象が起こるかも調べています。日本では遺伝子組換え作物は人気がないので、学生にとって将来直接仕事に役立つかは分かりませんが、遺伝子組換えの知識があれば、危険性の評価ができるようになるので、食品関係や医薬品関係でも役立つと思います。


遺伝子組換えをしたゼニゴケを培養

ゼニゴケの生殖のような基礎研究の面白さはどこにあると思いますか?

自分で解き明かすということはとてもわくわくすることだし、面白いことです。教科書に載っている内容は、誰かが調べて明らかにした結果ですが、基礎研究は誰もしていないことを見つけたり、開発したりするもの。誰も知らないことを、自分が最初に知ることができる。それが基礎研究の一番の醍醐味だと思います。
私は学生の頃からゼニゴケの研究に取り組みはじめ、なんやかんやで今に至りますが、基礎研究はやっぱり面白いですよ。何か役に立つことを研究したいというのではなく、気になることを明らかにしたい、知りたいという思いでやってきました。研究者は、スクープを取ろうと必死になって事件の真相を探る週刊誌の記者みたいなものですね。それが世に受けるものになるかどうかは分からないという点でも共通している気がします。

研究していてうれしかったのは、自分も関わった研究成果が、細胞生物学で標準とされるアメリカで書かれた教科書に採用されたときです。院生時代にゼニゴケのミトコンドリアDNAの全塩基配列情報を解読したものが掲載されました。植物ミトコンドリアDNAで全塩基配列情報を解読したのはそれが初めてだったので、それを見た他の研究者もとても興味をもってくれました。教科書に書かれていることを学ぶだけじゃなくて、教科書に載るようなことを見つけることができる、という喜びを感じた出来事でした。
基礎研究は何かすぐに役立つものではないかもしれませんが、知ることはとても面白いこと。学生には、新しく発見することの喜びを経験してほしいと思っています。

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種なし桃ができる?桃の研究

生物理工学部がある紀の川市は、「あら川の桃」で知られる桃の名産地です。現在、食品安全工学科の石丸教授と一緒に桃の研究にも取り組んでいます。桃の中でも、果肉ではなくて真ん中にある種子を内包する「核」の部分を研究しており、「種なし桃」ができればと考えています。石丸教授に話を持ちかけたところ「無理ですよ」と言われたのですが、巻き込みました(笑)。
また、核の部分はくるみのように硬くなっていますよね。この特性を生かして新しい素材ができないかと考えています。