KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

THE POWER OF SCIENCE

医療技術の向上や医療事故の減少に貢献する、トレーニング機器を開発

西手 芳明 講師/医療機器学研究室

医用工学科では学生全員が「臨床工学技士」の資格取得を目指すそうですが、そもそも臨床工学技士とは何ですか?

臨床工学技士は病院内の医療機器の操作、および保守・管理のスペシャリストです。治療やそれらに関するモニタ機器、医療材料の情報にも精通し、医療安全部門の中心的な役割を担っています。検査や診断の現場では臨床検査技師や放射線技師が機器を扱いますが、治療の現場では臨床工学技士が医療機器を操作しています。

現在、資格保有者が日本全国で5万名ほど、そのうち実際に仕事として従事しているのは3~4万名くらいだと思います。2021年秋から業務範囲が拡大し、手術室やICU(集中治療室)などで点滴が行えるようになったのをはじめ、腹腔鏡や胸腔鏡などの内視鏡下での手術時にスコープオペレーターとしてカメラを保持・操作すること、カテーテル検査や治療では電気刺激装置の操作などが臨床工学技士の業務となりました。年々求められる技術が増え、臨床工学技士はますます重要な役割を担っています。

この臨床工学実習室は病院の手術室のようになっていますね。


無影灯のハンドルを持つ西手先生

実際に手術室で使用している機器を設置しています。この大きな照明は無影灯といって、手術中に医師が患部を見やすくするため影ができない仕組みになっています。臨床工学技士の仕事は、治療や手術がスムーズに進むよう、医療機器を管理すること。こうした電球の保守管理も臨床工学技士の仕事です。この部屋では、手術室で使用する麻酔器や電気メスなどさまざまな医療機器・器具に関する実習を行っています。

医療機器・器具は4,000種類ほどあるといわれます。ただ、人工呼吸器といってもメーカーが違えばそれぞれ勝手が違い、機種で言うと12万種類ぐらいになります。そのすべてを覚えるのは無理なので、患者さんの命に直結する機器を中心に取扱方法を学び、操作技術の向上に努めています。

先生が臨床工学技士になったきっかけを教えてください。

臨床工学技士は、1987年5月に制定された「臨床工学技士法」に基づく国家資格で、その当時、私はすでに病院で歯科技工士として働いていました。患者さんへの補綴(ほてつ)物の作製や口腔外科治療ではアゴの骨を削った後の修復物を作製するなど、手術室での仕事も多くありました。そんな時に臨床工学技士の資格ができることを知り、顔の部分だけではなく、手術室や救急室で人工心肺装置などの医療機器を扱うような仕事ができれば良いなと思い、資格取得をめざしました。

当時はまだ養成校がない時代、5年以上ICUや手術室、人工透析室の業務に携わっている者、という資格条件は満たしていたので、指定の講習・研修を受講した後、国家試験に合格。それから臨床工学技士として長年勤務しました。最初の頃は、病院には私一人しか臨床工学技士がいなかったので大変でした。

※歯が欠けたり、なくなったりした場合にかぶせものや入れ歯などの人工物で補うこと。

臨床の現場からなぜ教育・研究の道に進んだのですか?

全国各地に養成校ができ、勤務先の病院へ実習で学生が来たり、新人の臨床工学技士に指導したりすることが多くなり、そのうちに臨床工学技士の養成に携わりたいと思ったからです。

研究というところでは、医療機器、特に生命維持管理装置の操作トラブルによる事故の情報が入るたびに、資格取得後にも基礎的な教育が必要だと感じ、働きながら大学院をめざしました。大学院で、臨床工学技士の立場から考えた医療事故減少につながるアイテムや仕組みの研究を始め、今に至ります。

注射や点滴のトレーニング用に、穿刺トレーニング用パッドを開発されていますね。


穿刺トレーニング用パッドを使った採血の練習

穿刺トレーニング用パッドはさまざまなメーカーから発売されていますが、リアル感に欠け、ヒトに注射した感覚との違いを強く感じていました。また、耐久性が乏しく、何度も使えるものではありません。もっとリアルに、ヒトの皮膚の感触に近いものを作れば、臨床工学技士をはじめとする医療スタッフの技術向上に役立つだろうし、対処方法も学べるのではと思い、開発をスタート。模擬皮膚や模擬組織を作るため、シリコンやウレタンなどの材料の配合を何度も検討しました。

今は、私の研究に興味を持ってくださったメーカーと共同研究をしており、臨床工学技士の学会や医療機器の展示会で紹介したところ、臨床工学技士だけでなく看護師さんから「これは練習にいいですね!」とお声がけいただきました。自分の腕を磨きたいと思う人はたくさんいることを改めて実感しました。こればかりはヒトで練習するわけにいきませんからね。

この他にも開発を進めているトレーニング機器はありますか?

人工透析装置の基本的な操作とトラブル発生時の対処方法を学ぶことができる、トレーニングシステムを開発しています。実際に患者さんに装置を接続した時の体外循環を再現し、模擬血液の流量などを制御しながら、例えば警報が発生したときにはどう対処するか、といったことをトレーニングします。透析の事故で最悪の場合、患者さんが亡くなられることもあるので、こうしたトレーニングで対処法を学んでおくと、いざというときに対応ができます。

先程も言いましたが、患者さんを練習台にするわけにはいきません。それがトレーニング機器をつくる一番の目的です。臨床工学技士として働く上で、やってはいけないのは知ったかぶりで患者さんの治療に携わること。そのためにはトレーニングや臨床で経験を積むしかありません。

ゆくゆくは開発中の穿刺トレーニングパッドの穿刺部と接続して、穿刺から始める模擬体外循環が可能な透析シミュレータシステムにしたいと考えています。

医用工学科の学びの魅力は何だと思いますか?

臨床工学技士という、医療系の中でも特殊な仕事の資格が取得できることですね。医療機器の操作を通して患者さんの病気を治療することに携われるのは本当にやりがいのある仕事だと思います。

また、医用工学科は、臨床医学と工学のどちらも学ぶことができる珍しい学科です。医療機器が発達する中で、工学の知識はとても重要になっています。電気工学や機械工学、化学系などさまざまな教員がいる生物理工学部で学べることは臨床工学技士として強みになると思います。

TOPICS

「ECMO」のトレーニング機器を開発

新型コロナウイルス感染症による重症肺炎の治療で用いられる「体外式模型人工肺(ECMO)」のトレーニングシステムを開発しています。ECMO治療中の患者さんは24時間、48時間と継続して管理する必要があり、専門知識と技術を持った医師と看護師、臨床工学技士がつきっきりで治療に当たる必要があります。最低でも8時間勤務3交代制のチームが必要で、スタッフはローテンションで患者さんを見なければなりませんが、人手が不足しています。そのため、私達の研究室ではECMOのトレーニング機器を開発し、少しでも早くECMOの操作技術を習得した医療スタッフを育成したいと考えています。


ECMOのトレーニング機器の一部人間の血管に見立てたチューブにカテーテルを通す