KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

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果実の軟化を研究し、収穫後の品質維持に役立てる

石丸 恵 教授/食品保全学研究室

先生は果実に関する研究をされているそうですね。

果実は成熟すると軟化する、柔らかくなるというメカニズムを持っています。なぜ果実が柔らかくなるのかを調べ、収穫後から食卓に届くまでの品質維持に応用しようというのが私の研究テーマです。農家さんの役に立つ研究がしたいと、果実の発育や成熟するメカニズムや収穫後いかに品質維持できるかについてずっと研究してきました。

果実は、細胞壁が分解されることで柔らかくなります。この研究室では、細胞壁を分解する酵素に着目し、その働きを調べています。ターゲットにしている酵素が細胞壁のどの部分に作用しているのかが分かると、その酵素の働きを抑えれば長持ちする、と考えられますからね。

果実の中でもどういったものを扱っているのですか?

研究対象は、モモやトマト、ブドウといった果実です。トマトは面白いですよ。柔らかくなっているゼリー状の部分があるでしょう。トマトはこのゼリーのフチの部分から細胞壁が分解されて柔らかくなると言われています。

トマトの細胞壁はペクチン、ヘミセルロース、セルロースという3つに分けられ、この成分を抽出すると綿菓子のようなふわふわとしたものができます。この綿状のものと酵素を反応させることで、細胞壁のどの部分を酵素が分解しているのか調べています。少し色づいているのは、成熟したトマトのものです。青い若いトマトは真っ白になりますが、トマトはリコピンなどの色素が細胞壁にべったりくっついてしまうので熟したものは赤くなっています。

トマトといえば、最近は真っ赤な完熟トマトが市場に出回っていますが、昔は青いうちに収穫して流通させていました。そうしないと輸送中に傷んでしまうからです。今は、品種改良と流通網の発達により熟したトマトを収穫して、すぐに食卓へ運べるようになったので随分と変わりました。私と同世代の40代以上の方でトマト嫌いな人が多いのは昔の青臭い印象が強いのでしょうね。今は完熟したものを収穫するので、甘くておいしいトマトが食べられる。だからトマト好きな子が多くなりました。

生物工学科の大和教授から石丸教授と「種なしモモ」の研究をされていると以前お聞きしたのですが、進捗状況はいかがですか?

「種なしモモなんて無理、無理」と最初は言っていたのですが、岡山県で核の部分が硬くならない「春雷」という品種があることを知りました。普通、モモの核はすごく硬いのですが、「このモモの核を調べれば、核が硬くなるメカニズムが分かるし、最終的に核のないモモができるかもしれない」と思い、大和先生との共同研究をスタートしました。

この核の成分は木材とおなじリグニンではないかと言われていますが、実ははっきりとは分かっていません。モモを切るとこの核から繊維状のものが出ているのに気づきませんか?これが何なのかがずっと不思議で、モモの成熟に関係しているのかもしれないと、群馬にある国の研究所にご協力いただき、モモを2週目、4週目、6週目、8週目、10週目、12週目、14週目、16週目という段階を追ってCTスキャンで撮影しました。

画像を見ると維管束が走っているのが分かりますね。モモの内部構造についてもまだよく分かっていないのですが、このCTでモモの内側より外側の方が早く柔らかくなり、特にセルロースが分解されていることが分かりました。こうした成熟に伴う中の構造の変化を調べることが重要になるのではと研究を進めています。

モモのゲノム解析もされたそうですね。

大和先生と一緒に、大学のある和歌山県で一番生産量の多い「白鳳」のゲノムを解読し、さらに和歌山県内で栽培されているモモ25品種についてもゲノムを短く解読しました。果実が大きくなるに従って、どんな遺伝子が出てくるのかを白鳳で調べたので、今年は「春雷」がどうなっているのか調べていきたいと思っています。

ノートパソコンのディスプレイに表示されているのはモモのCTスキャン画像
ノートパソコンのディスプレイに表示されているのはモモのCTスキャン画像

ところで本当に種なしモモはできるのですか?

うまくいけば、包丁でスパッと切れる白鳳ができるかもしれません。無駄なく食べられるモモです。でも実際そんなモモを作ろうとすると、結局ゲノム編集などの技術を利用することになります。それでモモをつくったとして、みなさんが買ってくれるでしょうか?包丁で半分に切れるモモをつくっても値段が高くなってしまったら、「モモの種くらい自分で取るわ」と思いませんか?すごく美味しいものができたら売れると思いますが、白鳳と同じような味だけどゲノム編集をしているから高い、となったら普通の白鳳を買いますよね。私は農家さんの役に立つものを作りたいので、すごく美味しいモモの品種ができればいいと思っているのですが……。

先生は昔から農作物を育てることに興味があって、研究者になったのですか?

小さいときから興味はありました。農家ではないので、実際に栽培したわけではないのですが、大学では果実の軟化をテーマにした研究室に入りました。ただ、大学時代はずっとサーフィンをしていて、真面目な学生ではなかったですね。そのうちに先生から「お前は大学院に進んで勉強しろ」と怒られて(笑)、博士後期課程まで進むうちに面白くなったという感じですね。

博士後期課程の頃に、広島にある国の研究所でブドウの栽培の作業を手伝った時に、すごく面白いと思ったんですよ。実際に農家さんがどうやって作物を育てているのか、ということもきちんと知って研究したいと思ったので、それから農家さんと協力しながら研究するようになりました。私の強みはこうした農作業の現場を知っているところですかね。

現在、海外の大学から声がかかり、トマトの酵素に関する共同研究をやっていますが、彼らはトマトの栽培ノウハウをあまり持っていないので、わたしたちの研究室で栽培や細胞壁の分析を進めています。さらに細かな部分は海外の研究グループが研究を進めています。

学生にはどんなことを学んでほしいと思いますか?

食品安全工学科の学生の多くは、加工食品の製造に興味を持っていますが、例えば、トマトからケチャップを作るなら、トマトがどうやってできるのかについても知ってほしいと思います。食品を作るのなら、材料となる食物の栽培について知っておくことも大事です。

農学部ならトマトの生産量を上げるとか、品質を良くする、甘くするっといったところに着目するでしょうし、家政学部だとまた違いますよね。農学部でもなく、家政学部でもない、その中間的な学びをできるのが生物理工学部の特徴だと思っているので、食品そのものだけではなく材料となる野菜や果物などに興味を持ってほしいですね。

TOPICS

地元の果樹農家との取り組み

地元和歌山の果樹農園から、レモンを保存方法のご相談があり、抗菌物質が練り込まれたポリエチレン袋での提案をしたり、奈良県のブルーベリー農家から収穫後に鮮度を長持ちさせるための流通方法を提案したりするなど、地元の農家さんとさまざまな形で取り組みを進めています。もちろん、モモ農家さんには私たちの研究に興味をもって協力していただいていることにとても感謝しています。