KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

THE POWER OF SCIENCE

3D プリンタと光の技術でつくる、医療⽤マイクロニードル

加藤 暢宏 教授/マイクロ医用システム工学研究室

そもそも医療用マイクロニードルとはなんですか?

一般的に現在、研究が進んでいる医療用マイクロニードルは、注射に代わるものとして開発が進んでいます。この医療用マイクロニードルには、肉眼では分かりにくいのですが、剣山のように針が多数あり、触ってみると少しザラザラした紙やすりの様な手触りです。この針にワクチンを塗布し、皮膚にペタっと貼ってしばらく待てば、ワクチンが皮膚から体内に吸収されるというもので、注射と違って刺しても痛くありません。予防接種だと子どもがよく注射が怖くて、痛くて泣いていますが、これなら大丈夫です。
ただ、貼る人によって針を皮膚に押し込む程度が変わるという問題や製造コストなどがあり、まだ薬剤として実用化には至っていません。ワクチン接種以外にも何か使えるものがないかと、共同研究をしている和歌山県立医科大学の先生と考えていたところ、全く新しい使いみちを思いつきました。


マイクロニードルパッチの針の部分が皮膚のバリアを突破することで、薬剤を投与できる

マイクロニードルを使用した顔用パックは見たことがあります。
先生はどんな使いみちを発見したのですか?

医薬品ではなく、化粧品としては既に商品化されていますね。特に美容への関心の高い韓国では「貼ればニキビが治る!」とか「ほうれい線が消える!」みたいな謳い文句のマイクロニードルパッチを使ったパックが売られています。研究室にも置いてありますよ。でも私たちが考えたのは化粧品用途ではありません。

手術で体内の組織を切った場合、縫合しますよね?でも縫えないぐらいもろい臓器があるらしいんです。例えば、心疾患の患者さんだと、心臓の血管や心臓回りの大きな血管が石灰化して、縫っても縫ってもボロボロで血が止まらないことがあります。そういった場合、手術では局所表面被覆材という血液製剤を、絆創膏をペタっと貼るようにすることで止血します。でも血液製剤はヒトの血液を原料としているので、感染症のリスクはゼロではありません。そこをどうにかしたいという課題がありました。
そこで、マイクロニードルパッチを使えば、もしかしたら止血できるのでは、と考えました。出血したときにギュッと押さえていると血が止まるのは、生体自体に止血機能が備わっているからです。縫合は止血機能が働かないほどの傷口をひっつけるために行うのだから、マイクロニードルパッチで皮膚をぎゅっと押さえてやれば止血できるのではないかと思いつきました。そして一度動物実験で、出血している部分にマイクロニードルを貼ってみたところ、見事に血が止まったんですよ。「これはええわ!!!」と製品化をめざして研究を進めていまして、既に特許も申請しています。


マイクロニードルパッチの拡大モデルを手に説明する加藤教授

止血に使った後のマイクロニードルはどうするのですか?
素材はプラスチックですよね?

生分解性ブラスチックなので、体内で徐々に分解されていきます。ネズミの体内に半年ほど入れてみましたが、異常はありませんでした。私たちのマイクロニードルは細い網のようなメッシュ状で、貼るものの形状に応じてペタッとくっつくようになっています。最初は網状ではなく板状になったものを作っていたのですが、どんなに薄くしても柔らかくならなくて、網状にすることで解決しました。
このメッシュは3Dプリンタで作っています。最初は作ってくれる会社があればお願いしようと思ったのですが、費用面を考えると自分で作るしかないと。3Dプリンタは普通立体物をつくるために使うので、高さのないものを作ることは想定されていません。だから使い方に工夫が必要でした。自動運転車をあえてマニュアル車のように運転する、くらいの工夫が(笑)。
3Dプリンタは、立体物のデータを入力すれば搭載されているソフトウェアが勝手にどういう絵を描けばいいか調整してくれます。でもそれだと思ったような網目にならない。だから線はこう引きなさい、という命令をGコードという工作機械で使用されているプログラミング言語を使って入力することで、思うような網目のマイクロニードルをつくりました。


3Dプリンタを背に話す加藤教授

この細い小さな針の部分も3Dプリンタでつくっているのですか?

マイクロニードルパッチの針まで造形できる3Dプリンタは日本に数台しかなく、この材料では打てません。私の研究室では、フォトリソグラフィと熱インプリントという技術を使って針の部分を形成しています。
一般的なマイクロニードルパッチは、型に水溶性の薬品を流し込み、凝固させてつくります。これだと針自体はもちろん、針以外の土台の部分もすべて薬品になってしまうので、薬品がムダになってしまいます。それに薬品によっては、針状にしても上手く皮膚に刺さらないこともあります。皮膚に刺さらないから薬品をもっと硬めにしたい、と思っても薬品の組成を変えることになるので、医薬品などの運用を定めた医薬品医療機器等法(薬機法)で認証を得ようとするには大変な苦労が予想されます。
そこで私の研究室では、生分解性プラスチックで作成した針の表面に薬剤を塗布・乾燥させることにしました。

フォトリソグラフィは写真の仕組みを応用した技術で、半導体やコンピュータのCPU、メモリなどを作る際、光を使って回路を転写することなどに使われています。このフォトリソグラフィの技術で、針を形成する型を作成します。
作成した型に3Dプリンタで作成したメッシュシートを置き、熱プレスを使って熱をかけて押し込むと、材料が柔らかくなって、メッシュ状のシートの表面にいくつもの針が形成されます。これでマイクロニードルのシートができ上がります。
その後、できあがったマイクロニードルに薬品を塗布して完成です。
こういう方法でマイクロニードルを作っている人は世界中を探しても私たち以外にはいないと思います。研究室で使っているフォトリソグラフィの装置などは、自作したものや既存の機器を自分で改造するなどしたものがほとんどです。

先生ご自身で装置をつくられたのですか?

私は学生の頃からフォトリソグラフィを研究していたのですが、当時は道具のない時代でした。研究に露光装置が必要だったので、先生に「どうしたらいいですか?」と尋ねたら、「顕微鏡と紫外線が出るランプを使ってどうにかして」と返されて(笑)。もともと機械が大好きで、母親のミシンを修理していたような子どもだったので、自分で露光装置を作りましたよ。
工学系は、「機械や装置がなければ、自分でつくったらええやん」というスタンス(笑)。道具からつくらないといけないということは、他の人にはできないということ。そこにオリジナリティが生まれるんですよ。
「実学の近大」とよく言われますが、私自身がその環境で育ったからかもしれません。以前、理工学部に江藤剛治先生というハイスピードカメラの研究でとても有名な先生がおられました。でも先生のご専門は土木工学です。土木専門の江藤先生がなぜカメラをつくったかというと、「ダムの崩壊などの超高速で起きる現象を撮影できるカメラが欲しかったから」。カメラをつくりたいのではなく、カメラを使ってやりたいことがあったから、走行中の新幹線の乗客を鮮明に撮影できるような性能のハイスピードカメラをつくったんです。装置がないなら頑張ってつくる。近大ではよくある話です。


自ら手がけたフォトリソグラフィの装置を前に話す加藤先生。「ハイテクのようですが、ローテクの塊です」

これからの目標を教えてください。

最終的にはこういう研究室の中ではなく、製薬メーカーさんや医療機器メーカーさんにご協力いただいて、安全な材料を使って安全な環境でマイクロニードルパッチを作るようにしないといけません。その説得するための材料をつくっていきます。なぜ、マイクロニードルで止血できるのか、という理由の裏付けがまだしっかりとできていないので、しっかり突き詰めたいと思います。「たまたま貼ったら血が止まりました」では、「どういうこと?」となりますからね。

TOPICS

マイクロニードルパッチを使ったワクチン接種

マイクロニードルパッチを使ったワクチン接種は、日本など先進国では注射と比較して、「痛くない」以外のメリットがないのであまり需要はないかもしれません。ただし、発展途上国では大きな需要があると思います。
発展途上国では、衛生管理がまだまだで冷蔵のまま薬剤を運ぶコールドチェーンが確保できていませんし、医療廃棄物の問題があります。でもマイクロニードルパッチなら、乾燥しているので冷蔵は不要ですし、医療スタッフが不足していても貼るだけで済みます。
注射1回の量に比べて、マイクロニードルに塗布できる薬品の量は少ないので、何度も貼る必要があることやコストの問題がありますが、実用化が非常に期待されています。