KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

THE POWER OF SCIENCE

胎児の心電図を活用した、妊婦見守りシステムの開発

吉田 久 教授/生体信号解析研究室

先生が開発を進めている妊婦見守り
システムとはどういったものですか?

妊娠中期(妊娠24週〜35週まで)は、妊婦と胎児の健康状態を確認するため、妊婦健診を2週間に1回受診するように勧められています。しかし、健診で異常が見つからなくても次回の健診までの間に1割位の方は具合が悪くなり、時には早産となってしまうこともあります。
だからといって、健診の間隔を短くすればその分コストがかかりますし、医療過疎地のようなところであれば、ただでさえ病院へ行くこと自体が大変なのに、ますます通院が難しくなります。
そこで、妊婦さん自身が家で簡単に妊婦や胎児の状態を計測できるようにできないか、というのがこの妊婦見守りシステムの開発の始まりで、奈良県立医科大学(以下、奈良医大)の産婦人科と共同で研究しています。

このシステムでは、胎児の心電図を測定するそうですが、
お腹の中にいる胎児の心電図はどうやって測定するのですか?

心電図は心臓の電気的な活動を体表面で計測したものを言います。その意味では、子宮の中にいる胎児の皮膚表面に電極を貼って電気活動を計測するわけではないですから、正確には胎児心電図と言えるものではありません。ではどのように測定するかというと、お母さんのお腹の上に貼り付けた電極から胎児の心臓が発する極めて弱い電気を測定します。ところが胎児の心臓が発する電気信号は、母親の心臓から発せられる電気信号に比べて、その強さが母親の1/500程度しかありません。そのため、母親の心電にかき消されてしまい、そのままでは胎児の心臓から発する電流を測定するのは簡単ではありませんでした。そこで複数の信号が混ざり合った信号から、それぞれの信号を分離する独立成分分析という信号解析の方法を応用し、胎児の心臓から発せられる電気信号と母親のそれを分離して取り出す仕組みを開発しました。
現在、奈良医大病院に、市販のノートパソコンと測定器を使ったシステムを持ち込み、医師や妊婦さんのご協力を得ながら胎児の心電図を測定しながらデータを集めている段階で、測定機器を小型化するための開発も進めています。


市販の測定器とノートパソコンを活用した胎児心電図計測システム

母体腹壁上に貼付された複数の電極で計測された生体電気信号(すべての信号はほぼ母体の心電位)

独立成分分析によって上記の計測信号から胎児心電を分離した信号(緑枠が母体心電、青枠が胎児心電)

家で妊婦さんご自身が使うとなると、
簡単な操作で使える機器にする必要がありますね。

今は、病院で計測のテストを行っていますが、最終的には妊婦さん自身が自宅で簡単に計測できて、胎児の健康状態を日常的に観察できるようにすることが目標です。でも、在宅で妊婦さん自身が計測するとなると、計測するデバイスの使い方や、心電図の計測に使う電極をどこにどうやって貼り付けるのかという問題がありますし、計測する機器も大きいと家には置けないので、なるべく小さいものがいい。それでいて高性能で操作も簡単じゃないとだめですよね。使う人に技術を要求するようなものでは在宅ではできませんから、取り付けたらすぐ計測できるようなデバイスの方がいいですよね。
現在は脳波も計測できる高性能な汎用生体アンプを使っていますが、専用のデバイスが開発できればと思っています。在宅だけではなく、病院の外来でも簡単に測定できるものがあれば便利ですから。これとは別にフランスの会社と共同で超音波を使った分娩監視装置に代わる胎児心拍モニターの開発に取り組んでいるので、その技術が応用できないかと考えています。


「デバイスの開発を進め、妊婦や胎児のデータを蓄積していきたい」という吉田教授

実際、運用する際には
どういったシステムになりますか?

計測機器から携帯電話やご家庭のインターネット回線を通してデータが送られ、異常があれば医師が対応する、ということになりますが、すべてのデータに産婦人科医が対応していたら、実際の仕事に支障をきたすので、コールセンターを設置して対応することになると思います。胎児の心電図の計測ではなく、電子母子手帳を使った問診を行い、データを収集するという実証実験はすでに奈良県で行われました。通信システムやコールセンターなど妊婦見守りシステム全体に関しては奈良医大が中心となって検討しています。


妊婦見守りシステムの活用イメージ

そもそも先生はなぜ、
心電図などの生体信号を研究しようと思ったのですか?

大学の研究室に所属したのがちょうど第二次AIブーム(1980年代)の頃で、コンピュータが人間の情報処理の仕組みを真似て学習すれば、それまでのコンピュータが苦手だったパターン認識など、さまざまなことが上手くいくことが分かってきたわけです。この第二次AIブームの火付け役になった論文を読んだことがきっかけになったのかもしれません。人間の信号処理、情報処理の方法を学び、その技術を人の健康や医療に応用する、そしてその技術がまた人間の情報処理方法を解明するのに役立つ、というように螺旋階段を上るかの如く発展していくことができると思ったのが原点です。その頃からずっと人間の生体信号について研究しています。AIはコンピュータの高速化や学習アルゴリズムのブレイクスルーがあって、現在は第三次ブームといえる状態です。私たちの研究室ではやはり生体信号の解析にAIを使った研究を進めています。もう一つ、生体に興味を持ったのは、医学部に進んだ友人が多かった影響もあるのかなと思っています。

将来的にはAI(人工知能)を活用した診断システムになるのでしょうか?

AI型の見守りシステムという話には当然になると思いますけど、通常、妊娠中期に心電図を取ることがないので、心電図がどう変動すると良くないのか、というデータが蓄積されておらず、まだ診断基準がありません。そこで、手始めに分娩時の心拍数のデータを活用したシステムの構築を進めています。分娩時には、胎児の心拍数の変化と子宮収縮を見ることで胎児の状態を判断し、必要であれば自然分娩を帝王切開に切り替える判断しているのですが、ここにまずAIを使った予測を取り入れようと研究を進めています。これは、国際的なプロジェクトになる予定です。
分娩時のデータを活用してAIによる予測、診断をうまく関連付けることができれば、他の医療機関などからの協力が得やすくなり、妊娠中期のデータも集まり、AIによる診断予測ができるようになると思います。

TOPICS

脳や耳が発する生体信号を解析するシステムを医学部と共同で開発


脳の機能を計測できるfNIRS

生命情報工学科には、fNIRS(エフニルス)という脳の機能を計測できる装置があります。fNIRS は、functional Near-InfraRed Spectroscopy(機能的近赤外分光分析法)を略したもので、頭に帽子のような装置をかぶり、赤外光を当てて、大脳皮質中を拡散した光から脳の局所的な血流変化を計測します。脳の機能を測るものとしてfMRIという装置もあり、こちらは核磁気共鳴という原理を用いていますが、どちらも脳の中の血流の変化で脳の状態を見るという点は同じです。
fNIRSでは脳深部のデータは計測できませんが、大掛かりなfMRIに比べて維持費がかかりません。また脳機能を計測する場合は、なんらかの刺激を被験者に与えるのですが、狭い空間内に強く拘束されるfMRIと違って、fNIRSであればあまり拘束されないので、データをとりやすいという利点があります。逆に拘束性が低いために頭が動きやすく、頭の動きによるノイズが生じてしまいますが、私たちは信号処理が専門なので、このノイズを取り除いて脳機能によって変化している部分のみを抽出する方法も研究しています。このような脳機能研究の一部は近畿大学医学部の脳神経外科との共同研究によって進められています。

また、医学部の耳鼻咽喉科とは、耳に挿入したファイバースコープの映像から中耳疾患をAIによる自動判別するシステムの構築に関する研究を始めたところです。耳鼻咽喉科の専門医が見ればどういう症状かを判別することは比較的容易なのですが、小児科や内科の先生にとっては必ずしも容易ではない場合もあります。こうした際に、このシステムを使って症状が判別できれば治療に役立つのでは、というのがこの研究の出発点です。