KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

THE POWER OF SCIENCE

牛肉の肉質を予測する「AIビーフ」で畜産業に貢献

松本 和也 教授/分子発生工学研究室

先生の専門である「バイオインフォマティクス」とはどんな学問ですか?

「バイオインフォマティクス」は、「生物情報学」ともいいます。現在、生物のDNAやRNA、タンパク質といった情報をデータベース化できるようになってきました。その情報の中から意味のある発見をする学問です。最近では、「データインテリジェンス」などもよく聞きますが、さまざまなデータから知の発見をすることです。データを解析するソフトもありますが、そのデータから何を読み取るか、その分析がどういう意味を持つかを判断するのは人間にしかできません。生物学的にどういう意味を持っているか、生理学的にどうなのかを読み取る学問です。
例えば、高度な文学作品は小学生には理解できませんが、本に親しみ、読み方が分かる大人なら内容や文脈を理解できますよね。最近、各臓器のタンパク質を調べて寿命を予測するといった論文が発表されていましたが、体内から放出された代謝物や各組織中のタンパク質のデータから身体がどのような状態なのか予測するには、データの相関関係を理解していないとできません。これが生物情報学で、私は畜産学の分野で生物情報学の研究開発を行っています。

先生が研究開発している「AIビーフ」も血液中のタンパク質から肉質を予測するものですね。

畜産業界では、「肉用牛の肉質は市場出荷まで(解体するまで)分からない」ことが悩みでした。遺伝的な特徴は分かりますが、赤身なのか、サシの入った肉なのか、牛を育てている最中には分かりません。このブラックボックスになっている部分を明らかにしようというのが私の研究です。
20年ほど前に畜産業界に新しいイノベーションを起こしたいと研究をスタートし、畜産学、タンパク質化学、生物情報学、AI(機械学習)を組み合わせることで、牛の生体の肥育状態を計測するリキッド・バイオプシー生体診断技術※「AIビーフ」を世界で初めて開発しました。既存の技術では不可能だとされていた、生きている肉用牛の肥育状態を分子レベルで計測・可視化することができる技術です。
農家さんに、子牛からわずかな量の血液を採取していただいたものを、血液中の135種類のタンパク質の情報をAIで分析。すると、出荷時期のサシの状態や、枝肉の重量、口溶けや風味に影響するオレイン酸がどのくらい含まれるか、といった情報を予測することができます。
肉用牛に関するデータの蓄積やAIによる機械学習は進んでおり、出荷する時にどんな肉質になるのかを診断することまで開発済みです。現在は、飼育管理が適切かどうかや、目標とする肉質に育てる方法も提案する、いわば未来の肉牛をデザインできるシステムを構築しているところです。
※血液などの体液を採取し、その中に含まれている物質を解析する技術

【図1】AIビーフの流れ AIビーフの流れ

【図2】AIビーフのフロー図 AIビーフのフロー図

「AIビーフ」で診断して思ったような肉質に育っていないと分かれば、エサの種類や量を変えるといった提案をしてくれるということですか?

その通りです。今までは、例えば「A5ランクの肉質にしたい!」と思っても、それはすべて畜産農家さんの勘や経験に頼っていました。でも、畜産農家の後継者不足、人材不足などが言われる中で、そういう勘や経験だけでなく科学的なデータに基づいて牛を育てることができれば、安定した品質の肉用牛の生産が可能になりますし、後継者への技術継承にかかる時間も短縮できます。また、農家でも24時間つきっきりではなく、サラリーマンのように勤務時間がある程度決まった、若い人も就農しやすい環境がつくれるのではと思います。
また牛のエサを製造・販売している飼料会社も大きな関心を持っていて、私たちの「AIビーフ」の技術と飼料を組み合わせて展開できればどちらもWin-Winの関係になれると思います。
個々の農家さんがこのシステムを利用するにはコスト面で難しいと思いますので、食肉の卸売業者や飼料会社に導入いただき、そこから提携している農家さんにご利用いただければと考えています。

先生はそもそもなぜ畜産を専門にされたのですか?

畜産学、最近は動物生産学と言われますが、もともと哺乳動物を対象にした学問がしたくて医学部への進学を考えていました。しかしながら、医学部では哺乳動物の基礎研究は肩身の狭いことが分かり、また獣医学部では感染症が主流であり、農学部畜産学科に進学しました。学部生時代に、入谷明先生(現 京都大学名誉教授・近畿大学名誉教授)が共著で出された『哺乳動物の初期発生―基礎理論と実験法―、1982年、理工学社』に出会って、当時入谷先生が教授でおられた京都大学の大学院に1年浪人して入りました。当時は入学定員が非常に少なく院浪が普通だった時代でしたね。そこから今に至ります。

学生たちが大学で研究する上で大切にしてほしいことは?

大学は、最後の高等教育機関です。高校までの「生徒」と大学の「学生」の違いをまず理解してください。生徒は、師に習ってついていく。学生は、自分で主体的に学ぶというのが定義です。常に「教えてください」と聞くのではなくて、1回自分で調べてみて、仮説や問いを立てる作業をしてほしいです。高校までだと先生に「テストに出るよ」「これは入試に出るよ」と言われて、そこだけ勉強することもある。でも大学ではそれだと困ります。まず、マインドセットを切り替えてほしいです。社会に出たら「答え」は自分で探していかなければいけない。そういう世界を今教えているんだよと学生たちには伝えています。主体的に勉強に取り組んで、学修してほしいと思います。
それと、この「AIビーフ」の研究を通じて、農家さんやベンチャーキャピタルなど、さまざまな人とお会いしましたが、研究室だけでなく、社会や現場へ出ていかなければと感じました。研究室で得たことは、単に情報や知識であって「知」にはなっていない、机上ではうまくいくけれど実際の現場では違うことがありますよね。私たち大学の教員は知を体系化していくのが仕事です。自分が教えていることが社会で通じているのかどうか、私自身もやっていかなければいけないですね。
また、「AIビーフ」という畜産に関する研究ではありますが、社会ではデータを分析する人材が今ものすごく求められています。ここで得た経験は、畜産に限らずさまざまな分野で活用できると思います。

TOPICS

「AIビーフ」で2024年度中にスタートアップの起業を目指す

「AIビーフ」の研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「大学発新産業創出プログラム(START)」に2022年度採択され、「プロジェクト推進型 起業実証支援」の支援を受けています。これに伴い、東京の独立系ベンチャーキャピタル大手のインキュベイトファンド(株)から事業プロモーターとして支援していただくことになりました。技術開発型スタートアップは2024年度中に起業する予定で、社長候補(CEO候補)は私の研究室で最初に博士号を取得した卒業生にお願いしました。「AIビーフ」のサービスを通じて畜産業界をアップデートし、次世代の畜産業を創出したいと思います。