KINDAI UNIVERSITY

THE POWER OF SCIENCE

THE POWER OF SCIENCE

環境を制御し、作物の安定供給につなげる新たな栽培方法を研究

坂本 勝 講師/生産環境システム工学研究室

近年、農業従事者の高齢化や担い手不足、気候変動の影響など、農業にはさまざまな課題があります。植物工場はそうした課題の解決策の一つとなりそうですね。

日本で農業に従事している人たちの多くが65歳以上です。あと10年、20年もすると農業従事者が一気に減少することから、農業の経験と勘を必要としないシステム化された植物工場が増えていくと考えられます。
また、毎年のように異常気象によりレタスやブロッコリー、キャベツなどの価格高騰がニュースになっています。植物工場は異常気象の影響を受けず、安定して野菜を供給できることから、価格変動を嫌うレストランなどの外食産業や食品加工業では植物工場の野菜を導入しているところも増えています。植物工場で使用する、植物栽培に適したLEDが安価になれば生産コストも下がるのではないでしょうか。

先生の研究室では、ニンジンなどの根菜類の栽培方法を研究されていると聞きました。

研究室では、ニンジンやサツマイモなど根菜類の水耕栽培法の研究を行っています。水耕栽培は、土を、養分を含む培養液に置き換えて植物を栽培する方法です。レタスなどの葉物野菜の植物工場では、水耕栽培を用いて野菜が作られています。しかし、根菜類は、根が水に浸かると肥大が抑制されるという問題点があります。そこで、根の肥大する部分を培養液につけない栽培装置を開発しています。
水耕栽培では、根の環境を容易に変えることができます。たとえば、根に光を当てながら栽培することも可能です。実際に、さまざまな光をニンジンの根に照射する装置を作って、ニンジンの性質に与える影響を研究しています。これまでに、青色の光をニンジンに照射するとアントシアニンが生成されてニンジンの赤みが増し、赤色の光を照射するとクロロフィルが生成されて緑色に変化することが分かってきています。
水耕栽培では、根の温度も簡単に制御できます。培養液の温度を調節すれば、根の温度が制御できるからです。水耕栽培しているニンジンの培養液の温度を変化させて栽培した研究では、温度を上げるとニンジンのポリフェノールの含有量が増加し、糖度や甘みが増すことが分かりました。抗酸化作用があり健康にもよいとされるポリフェノールがたくさん摂取できる植物ができると、作物の付加価値が高まります。
同じようにサニーレタスの根の温度を変えて栽培すると、温度を下げるとレタスの葉のポリフェノール含有量が増加することが分かっています。同じように根の温度を変えても、植物種によってポリフェノールが増加する温度や植物の部位が異なるのは不思議ですね。

タデアイの栽培法も開発されているそうですが、タデアイとはどんな植物ですか?

タデアイは藍染で使われる植物で、春に種を植えて夏の間に葉を収穫する1年生の植物です。現在、徳島県の吉野川流域を中心に栽培されていますが、農業従事者の高齢化や、吉野川の氾濫による被害などが原因で栽培をやめる人が増えています。そこで、気候変動の影響を受けずに継続的に誰でも栽培できる方法はないか、と企業との共同研究からスタートしました。
私たちの開発した栽培方法では、葉を伸びてきた枝ごと収穫します。すると、また新たな枝が次々と生えてきて1つの植物から連続的に収穫することが可能です。実験では500日ほど栽培を続けても問題なく収穫できることが分かってきました。長期間収穫を続けても生育が悪くなることもないため、タデアイは環境制御下での周年栽培に向いている植物だと思います。
光環境が、染料の元になる「インジカン」という成分にどのような影響があるかについても調べています。植物の成長には、光量は強い方がいいと思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。たとえばレタスの植物工場では、太陽光の1/20程度の光で栽培されています。もっと強い光で栽培すると葉っぱが硬くなってしまいます。また、お茶では光を当てたものより日光を遮って育てた玉露の方が旨味豊かなお茶に仕上がりますよね。タデアイでも同様に、ある程度遮光した方がよいのか、それとも光量が強い方が良いのかを調べています。
タデアイは、染料以外にも昔から漢方で用いられており、最近では抗酸化物質を多く含み、潰瘍性大腸炎に効果があることも分かっています。石鹸などの日用品にも使われているので、今後さまざまな用途での利用が期待できます。

坂本先生がこの研究を始めたきっかけは?

学生時代は「植物病理学」が専門で、植物がウイルスや細菌などの病原菌に感染した時に起こる反応や、抵抗性を持つ植物を作るための研究をしていました。その後、大学や企業で植物工場でのイチゴ栽培の研究プロジェクトに参加したことが今の研究につながっています。
植物工場は、照明とエアコンがあればできますし、生産の集約化により工場のスペースも余っていたため、当時は各電機メーカーが積極的に取り組んでいました。その後、もっと深く研究したいと思い、大学に戻ってさまざまな水耕栽培方法を研究しています。

研究に取り組む上で、学生に大切にしてほしいと思うことは?

学生の皆さんには、自分でどんどんアイデアを考えて、出してほしいです。それが正しいか、間違っているかは関係ありません。研究室には3年生から所属しますが、学生たちには水耕栽培したい植物があれば自分で考えてやってみようと言っています。するとドクダミやトマトなど、いろいろな植物を選んで自分なりに考えて工夫していますね。自分で考え、調べることが研究する上で大事なことだと思います。

TOPICS

サツマイモを月で栽培??

NASA(米国航空宇宙局)の月面探査計画「アルテミス計画」では、人類が月で継続的に生活できるよう月面での植物栽培を目指しており、「サツマイモ」がその候補作物の一つになっています。残念ながら月の土は植物の栽培に適していないため、水耕栽培で作物を育てる必要があります。
私の研究室では今、このサツマイモの水耕栽培に挑戦しています。サツマイモは、苗を植えた後に肥大根というイモを作るための根が作られます。私たちは水耕栽培でこの肥大根を成長させることには成功しましたが、最初の肥大根を形成させるところにはまだ土の培地が必要です。肥大根形成の過程を含めて完全に土なしでの栽培方法を作ることが今の目標です。